2016/11/14

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全盲の方‐人々‐自分‐そして犬①

全盲の方について

全盲の方について

全盲のみなさん。私は目が見えない人の気持ちはほとんどわかりません。今まで、あなた方に手を差し伸べたことは自分の記憶の中では1~2度しか無かったのではと思います。とても遅いことはわかっていますが、齢(よわい)50前にして、ある瞬間勇気を出してみようと思ったのです。

実話。

私はいつもの会社帰りと同様、大阪の環状線を経由して地下鉄に乗ろうとしていました。ホームの端から端へと移動し、帰りの電車に乗り込む場所はいつも同じ場所でした。その場所というのは、電車の扉が開き、電車を降りた時に改札口に一番ん近い上りの階段がある場所で、おそらくほとんどのサラリーマンが私と同じような行動をとっていることが今ではわかるようになってきました。

ある土曜日のこと、普段通りに家路には着けない日がありました。普段通り、同じホームの同じ場所で電車を待っていたにも関わらず、目の前には、いつもの通勤メンバーとは明らかに違う白い杖をついて少しくすんだ色のキャップをかぶり、自分よりは確実に年上とわかる白髪交じりの初老の男性が少し背中を丸めるように立っていました。

どこを見るわけでもなく、視線の先が線路なのか向こう側のホームなのか・・・? 前を見続けて立っているなにか不自然なその背中を見て、わたしは「ああ、目が見えないんだなあ。」と思いながら、いつものように同乗する人たちの列に並んで電車を待っていました。

電車が到着し、その男性はスムーズに電車に乗り込みました。ということは、全盲のその男性もきっといつもの帰り道なのだなあと感じました。その時、同時に同じ車両に乗り込んだ人は、少し距離を置きながら、少し哀れむような横目を時々その男性に向けているのがわかりました。

恥ずかしながら、きっと自分もそうだったのかもしれません。しかし一方では、「障害者の方がたまたま自分たちのそばに来たときには、自分たち健常者は、きっといつもこんな態度をとっているんだなあ。」と感じとることもできました。悪気があるわけではないこともわかっていますが、そのような微妙な雰囲気が社内に立ち込めた中で、私はずっとその人の真後ろに立っていまいした。

こんな場面を、私もこれまでに何度か経験してきたことを思い出しました。自分の近くに、明らかに私たちよりも体の一部が不自由な人がいるのです。今の自分の行動は何が正解なのか? 「何か声をかけて少しでもその人たちに手を差し伸べるべきなのか・・・」それともひょっとして、その人たちには「自分は健常者の助けが無くても、ちゃんとやっていける」というプライドのようなものがあるのだろうか?

そんなことを考えた後には、決まっていつも周囲の人々の態度やその人たちが障害者の方々に向ける視線を参考にして、自分も行動や態度を決めればいいと思っていました。 「そうだ!周りの人たちの反応や行動を参考にして、自分も何か手伝うことがあれば手伝おう!」(次回に続きます。)

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